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それで本当に座れるかどうかが問題なのです

幸田です。
昨日、1月30日(水)は稽古でした。
今は作品作りに向けた期間。毎週水曜日に、基礎的な稽古をこつこつやっているのです。

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↑稽古で使うテキストを見ながら、腹筋をする山P

腹筋は役者にとって大切ですね。
しかし、これは稽古メニューではなく、ダイエットしている山Pが休憩時間に個人的にやっていることでした。

さて、基礎練習は毎回違うメニューでやっているのですが、今回は

A いらっしゃい
B …どうも
A どうぞ、座って
B いえ、大丈夫です
A いいから遠慮せずに
B いえ、ホントに
A いいからいいから。ほら。
B …じゃあ…すみません。

という簡単なテキストを使用しました。

AはBを迎え入れる人で、Bをイスに座らせたい。
BはAのところへやって来るわけですが、遠慮してイスに座らないでおこうと思っている。

これだけの設定です。

で、ここからがポイントですが…

「Bの役になった人は、テキスト上では最後のところで座ることになっていますが、
「座れない」と思ったら、座らずにそのまま芝居を続けてください。」

という指示を出しました。

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↑みさおを座らせたいマミ。

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↑しかし、座ろうとしてくれないみさお。

テキスト上では座ることになっているからといって座るのでは、それはただの段取りです。
遠慮している人がそこで座るには「座るに足る何か」が必要なわけで、ということはAのセリフを含めての行為には「座るに足る何か」が必要なわけですね。
ではそれは何か?それを考えようというのがこの稽古の主旨です。

もう少し簡単に言うと「遠慮しているあなたは、それで本当に座れますか?」ということですね。

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もちろん、実際の作品の中では各キャラクターの性格やら関係性やらということも考慮していかなくてはいけないのですが、ここではそういった部分をそぎ落として「座らせたい人と遠慮している人」というシンプルなところで考えています。

そして僕は、こういう部分が大切ではなかろうかと考えているのです。

「そういう言い方されると、確かにそうしちゃうな。」
「そうされると、確かにそうなるよね。」

なんてことが、この稽古を見ていると発見できます。

それはおそらく言葉の意味内容という言語的なコミュニケーションではなく、表情や目線、しぐさ、姿勢、声の高低、大きさ、話すスピードや滑らかさ、距離感などの非言語的なコミュニケーションの部分で人というのは動かされているということなのです。

で、俳優というのはこういう部分がわかっていないと何だか紋切り型のヘンな演技をしてしまったりするものなのですよね。

お。
今日は何だかまじめなことを書いてしまいましたね。


なんて感じで、毎週水曜日は楽しくもまじめに、基礎練習に励んでおります。
次回公演は6月の下旬。
それまでにパワーアップできるよう、がんばりますよ~。



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Author:劇団HallBrothers
次回公演は大分・福岡の二か所で公演!
『だめな大人』

10/28,29@大分 AT HALL
11/9~12@福岡 博多リバレインホール

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